門司歴史

門司港 歴史

なぜ「門司港 もじみなと」なのか

要因

バナナの叩き売りは、台湾から神戸にバナナを運ぶ際に、神戸まで待っていると、熟れて売り物にならないバナナを神戸に付く前にさばきたくて売ったのが始まりだといわれています。

だから発祥は門司港なのです(門司港が列車の起点でもあり九州の玄関口(そこから九州各地へ)といわるためです。また、本州下関に行くのには、船で行かねばならず、その為、一旦足止めをこの地でするので、多くの人で賑わっていた)
多くの人が賑わい、テキヤさんが、高級品のバナナを安くで手に入れやすく、トタン(木の板等)を置いて、すぐに商売ができ、お土産として求める人がいたから、流行ったのかもしれません。

ちなみに、夜は、アセチレン灯で照らして、ばなちゃん節を途切れなく歌う佐賀流のような売り方をして、客を寄せ、口上挟み、 絶え間なく、笑わせて、売って行ったのではないかと思われます。当時の挿絵が残っておりました。
しかし、今は画像がないので 「kanmon.info」さんの、ドラマシップの画像

「kanmon.info」関係者の方。連絡先が不明なため、ご連絡いただけないでしょうか?

近々追加します

 

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井上博喜

バナナの叩き売り 井上博喜

門司・門司港レトロ・関門海峡 大好き 運営者の井上博喜です。 バナナの叩き売りの歴史。バナナの叩き売りの成り立ちなど調べています。門司港レトロの歴史を知りたい人は必見!門司港の見どころもお伝えしています

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